2007年01月30日
ミシガンをご案内
でも、冬はお客様も少なく、一便目は運休でした(シクシク)
この機会に、ミシガンの船内をご紹介しましょう。
昨年はミシガン就航25周年、今年は琵琶湖汽船創業・開業120周年ということで、ミシガンも赤いリボンでおめかしです。

それでは、1階のメインダイニング「トムソーヤ・ダイニング」をご紹介しましょう。
ここでは、落ち着いた雰囲気の中で、フルサービスでミシガンオリジナルのコース料理を食べていただけます。薄いピンクは、ニューオリンズの色ですね。

2階は、ハックルベリーダイニング・カフェ。通常は、ブッフェスタイルのお食事を提供していますが、パーティや結婚式の披露宴にもお使いいただいています。追いコンや、卒業パーティーには最適だと思います。

3階はステージとベッキーズバー。楽しいオリジナルのショウをごらんいただけます。そして、最上階は展望フロア。360度、びわ湖をお楽しみいただけます。このオルガンはアメリカの、スティームオルガン(当船ではエアー)です。いつも懐かしい響きで楽しい音楽を演奏しています。


ミシガンの推進はスクリューではなく、パドルです。間近で見ると、迫力ですよ。

ミシガンは建造以来25年を越えていますが、少しも古びた感じはしないと思います。かえって、貫禄と落ち着きが増したように思うのですが・・・?
これは、やはり、本物志向だからと思います。
船内のいたるところに木が使われ、船内の装飾も十分にお楽しみいただけると思います。


次の機会には、ぜひ、お料理のご紹介をしたいと思います。
2007年01月29日
うららな一日
本当はもっと外に出たいのですが、なかなかそうも行きません。
そこで、コラボでの会合に、社用車(三段変速)で出かけました。
気持ちがいい!
一月のこのような時期に、このような日があっていいものでしょうか。
かえって不安になると共に、寒さを期待している業界の皆様に、ご同情を申し上げます。

沖に、ミシガンとうみの子が望めます。
例年ですと、北の航路(竹生島航路)は風のために運休になることが多いのですが、今年はほとんど欠航がありません。ですから、少しホクホクです。
2月1日からは、雪見船の毎日運航も始まります。こちらのほうは少し雪が降ったほうが、情緒的にはいいのですが・・・
またまた、ガチョウはいいなあ・・・で今日も、たそがれていきます。
2007年01月28日
しゃちょうの休日その2
今日もオーケストラの練習です。たまに、れんちゃんがあると、家内の機嫌が悪くなるので、出来るだけ避けているのですが、今日は特別。あの、ベルリンフィルのコンマスの安永さんが、参加して戴けるのですから。と言うことで西宮の県立ホールです。安永さん、素晴らしい人です。われわれアマチュアと、素晴らしい練習をしていただけました。よかった!でも、阪神間は本当に文化環境が充実していますね。2007年01月28日
しゃちようの休日
私ば、大阪の郊外に住み、毎日そこから通っています。ゴルフも殆どしません。休日は、家にいるのが好きですね。居心地がいい、と言うのではなく、ただ面倒なだけ。孫の相手は至福の時間ですが。でも、音楽活動だけは今でも続いています。月二回のオーケストラの練習です。担当の楽器はこれです。わかりますか?2007年01月26日
家守綺譚
当社にとってはうれしいことですが、スキー場は大変でしょう。
天気商売は、本当に辛いですね。
きのうは、久しぶりに、大津港から伊吹山が望めました。

お分かりになりますか。
中央の山並みの右肩に、雪をかぶった伊吹が・・・
いま、梨木香歩さんの、家守綺譚にはまっています。
明治20年ごろの、山科を舞台に、実に幻想的な物語が繰り広げられます。
琵琶湖も登場します。
その一節です・・・
季節の移ろいなどおまえには関係なかろうに。
--それが大ありだ。昨夜大風が吹いて、湖の禊が済んだので竹生島の浅井姫命のところへ、竜田姫が秋の挨拶にいらしたのだ。そのときの行列が一部、隊を崩して乱れた。侍女が一人、行方不明だ。
-竜田姫は湖を渡って竹生島へ行かれるのか。
-潔ぎの終わった澄んだ大気をお渡りになる。その行列の湖水に落ちた影が鮎に宿る。
-その隊列が崩れたのか。
-山々の紅葉し始めたのが、川に落ちる。それが湖の真ん中に吹き寄せる、それを好物にしているモミジブナが湖の北、岩礁の奥から出てくる。今回それが竜田姫の竹生島参りとぶつかり、少々混乱を来したのだ。竜田姫は例年その挨拶の後、坂本の日吉神社に渡られ、侍女たちは鮎から猿に乗り換え、叡山を越えた後吉野を目指されていたのが、今年はその侍女一人のために竹生島に足止めをくっておられる。
分かったような分からぬような。なぜそのために高堂が奔走しているのか。その浅井姫が客人のために気を絆んでいるのを見かねてのことか。
-浅井姫命とは何ものか。
-この湖水をおさめていらっしゃる姫神だ。
-親しいのか。
私の質問に変な熱が加わつていたのか、高堂はそっぽを向いた。
-お見かけしたことはある。が、住む世界が違う方なので親しいというわけではない。
-そういうものか。
-そういうものだ。
浅井姫の話はまた今度ゆっくりと聞かせてもらうことにする。
-で、おまえはその侍女を捜しに回っているのか。
-もうとっくに見つけている。
高堂は私を見てため息をついた。
-竜田姫の一行は今夜月の出と共に立つ。それに問に合わなかったら後は知らぬと伝えてくれ。
そう云い置いて、階段を下りていった。
竜田姫か、と、私は思わぬ拾い物をした気分で原稿の続きを書いた。
2007年01月24日
2007年01月23日
びわ湖汽船120周年 ②
しかし、明治27年ごろには琵琶湖観光に活路を見出し、明治43年には鉄道と連絡切符を発売して竹生島めぐりを始めています。この航路が今でも、当社の主力商品ですから・・・、いやあ、先人は偉大です。
大正11年には全長45メートル、定員1000名という、当時の日本でももっとも豪華な観光船”みどり丸”を就航させています。そして、なんとその処女航海には、当時来日中の”あの有名な”英国皇太子プリンス・オブ・ウェールズが乗船しています。

2007年01月22日
鳥喜多の親子丼
鳥喜多の、親子丼と鳥鍋。
950円です。
このために、長浜に行きたくなることがあります。
そして、お土産は、おかきの、二度焼き。
わたしは、おかきフリークですが、これが好きです。
最近、駅前の平和堂さんにも売っていることを発見。


とはいっても、本店のほうではありません。
慶雲館の方の支店です。本店の方はいつも行列ですが、ここは、少し待てばOKです。
味はもちろん、本店と変わりはありません。
2007年01月21日
鴨鍋
鴨鍋・・・

仕事柄、今月は、宴会が多くて・・・
自慢ではありませんよ。
お酒があまり強くないものですから、酒席はあまり得意ではありません。
でも、根がいやしいものですから、食べるのは、楽しみです。
今回は、豪華でした!
先ず、本モロコの炭火焼。
しょうが醤油でいただきます。
これは、本当に美味しいです。
なかなか最近は取れないそうですね。

次は、鮒寿司。
私は、OKです。
残しておいて、最後に、お茶漬けでもいただきました。
そして、鴨鍋。
このお店は、このスープ(薄口醤油で、少し甘かったです)で、卵で食べます。上品で、鴨の味が本当に楽しめました。

鴨鍋はいろいろなタイプがありますね。
寄せ鍋風で、ポン酢。すき焼き風。
今のところ、私の最も気に入っているのは、今津の丁子屋さんです。
近じかご報告できると思います。
えへん!
2007年01月20日
たそがれの、びわ湖
たそがれ時の、びわ湖。
どこから見ても、素敵ですが、
やはり、定番というのはあるのですね。

浮御堂に、行ってきました。
船の上からはよく見ていてのですが、
お寺に伺うのは初めてです。
よかった!

ここは、臨済宗の禅寺で、海門山満月寺が正式なお名前。
樹齢何百年の松が、本当に見事です。
近江八景”堅田の落雁”として有名ですね。
大津市歴史博物館所蔵の版画です。

本当に、胸に染み入る、たそがれでした。

偶然、堅田で、コハクチョウを見かけました。
いつもは、ほとんど見かけないそうですが、今年は来ているようです。
早崎で見られなくて心配していたのですが・・・

2007年01月19日
再び、芭蕉さん

義仲の隣の、このお墓の下に芭蕉さんが眠っているのだ!
と思うと、感動しますと書きました。

ところがですよ、滋賀県人から、その信憑性に疑問を挟まれたのです。
いわく、「大阪に芭蕉さんのお墓が幾つもあります。ここのも、そのうちの一つでしょう。だから、あまり力を入れて宣伝をしないのではないでしょうか・・・」
何たる、認識不足!大津で、観光に携わっているこの人でも、この程度の認識。
元禄七年十月十二日午後四時ごろ、大坂でなくなった芭蕉の遺骸は去来ら門人十人に守られ、翌十三日に義仲寺に入り、翌十四日葬儀、埋葬された。会葬者三百余名・・・
ここまで記録が残っているわけですから、義仲寺のの信憑性は、疑いの余地はありません。
デモですよ、大津に芭蕉さんが眠っていると聞いて、多くの人がびっくりします。
へえ、本当?
芭蕉さんは、紫式部と並ぶ、日本を代表する文化人ですよ。いわば、義仲寺は、世界の俳句愛好家の”聖地”だとは、皆さん、お思いになりませんか。
と、怒りの今日でした。
2007年01月17日
湖岸の建造物
昔の人は、船の上からどのような景色を眺めていたのでしょうか。
今よりは、ずっと、よかったのは確かでしょうね。
でも、湖岸に建つ、プリンスホテルも、きりりとした姿で、好きですね。

湖岸には、幾つも常夜灯が残っています。多分、殆どが今は光を燈すことはないのでしょうが、
うまく活かせば、湖岸の情景も変わるのでしょうね。

湖岸の景観が、最近、意識されだしてきました。(少し、遅きに失した・・・!)
特に、大津の湖岸の景観が、寂しいですね。
びわ湖ホール、琵琶湖文化館。


なるほどユニークな姿ですね。でも、どこか、おかしい・・・
そのとき、この常夜灯と並べて感じたのです。
生きた感じがしない・・・
なるほど、コンサートが行われています。展示会が開催されています。
でも、コンサートホールの昂揚が、建物のまわりに滲み出してこない。
もし、外国で、あれだけのホールがあれば、オンシーズンの祝祭感は、もっと街にあふれでているでしょう。それが、街が、コンサートホールや、歌劇場を持つ価値だと思うのですが。
と、思わず、余計なことを言ってしまった、今日でした。
2007年01月16日
三高の艇庫
三保ヶ崎と言う地名で、昔は、丸子船など、木造船がいきかい、
またここから、疎水を通って、蹴上のあたりまで、船で野菜などを運んでいたそうです。

ここの先端に、”三”のマークのなにやら古びた建物が見えます。

旧第三高等中学校の端艇部の艇庫として、大正元年(1918年)に作られたものです。
今は屋根はトタンですが、側壁はレンガ造りで、今は、京大の神陵ヨットクラブの艇庫として使われています。
90年の歴史ですね。西側の公園には、「われは湖の子」の歌碑が建っています。
歴史的な建物ですね。
でも、今は、借地料や、修繕費の問題で、大きな課題を抱えているようです。

2007年01月15日
頑張れ、浜大津!
日本国内でも、外国でも、時間があれば歩きます。
ミシガンの研修生の町、ランシングでも行けば歩いています。
旅行の醍醐味の一つに、その町の日常性を、来訪者の非日常として楽しむということがあります。
京都の錦市場なんかは、その典型です。
浜大津の商店街にも、平井酒造さん、八百与さん、沢山素晴らしいお店がありますね。


でも、浜大津の中心部の三つの商店街は少し寂しい気がします。



日本国中の、中心市街地の現況の典型みたいなものですね。
大津の活性化は、ここが元気になってなっていただかなければ・・・・
と思います。
みなさんも、歩いて、買って、応援してください。
私も、頑張って応援していきたいと思っています。
2007年01月12日
白鳥!?
早崎ではコハクチョウを見れなかったし、何だか、ユリカモメも少ないし、
おかしいですね。
・・・・・・でも、ガチョウはゆったり、ゆったり
いいですね。ガチョウは・・・
旧の大津港のときからの住人で、さて、このガチョウは何代目になるんでしょうか。
最近は、子供を生んでないようで、心配です。
2007年01月11日
雪見船クルーズ
昨日は、本当にいい天気でした。
雪見船クルーズの船は、ミシガンではなく、高速船リオ・グランデです。
大津から長浜でしたら、ミシガンだったら一日がかりとなってしまいます。
比良連峰が本当に綺麗に見えています。

この雪見船クルーズは、雄琴温泉とタイアップして始まりました。
宿泊のお客様に、長浜の盆梅展を船で見に行っていただこうということです。
いまは、大津港から、この船に乗ることだけを目的とされるお客様が増えています。
今日のような晴天ももちろん素晴らしいのですが、雪の中の航海も、なかなかおつなものです。

雄琴を出航すると、すぐにびわ湖大橋です。
ちょうど、うみの子が通過するところです。ここまでくると、比良もすぐ目の前に見えます。
さあ、いよいよ、北湖です。風も、波も、風景も、南湖とは大きく変わります。

最近の、びわ湖クルーズでは、すべて、沖島水道を通ります。
太古の湖に抱かれた、沖島。世界でも珍しい、湖上村落です。
琵琶湖汽船では、これから、いろいろな場面で、この沖島を日本中に紹介していきたいと考えています。
沖島の向こうに比良が見えます。

途中、沖の白石を望むことができます。
このあたりは、びわ湖でも一番深いところです。そこに、この岩礁があるのが不思議ですね。
湖底から、屹立しているのでしょうね。

船は、約3時間で長浜に到着します。
その後、長浜の盆梅展を見ていただきます。
今年からは、オプションで、浅井の盆梅展や、高月の観音めぐりもしていただくような、ご案内をしています。
湖北は、本当に、素晴らしいところです。
この写真は、姉川河口から、沖島を望みました。

今日の私の目的は、早崎でコハクチョウに会うことでした。
しかし、残念ながら一羽も姿を見ることができませんでした。
早崎のビオトープが工事中だからでしょうか。どうしたのか、心配です。
2007年01月10日
2007年01月09日
大津は国際文化観光都市?
昭和33年、大津市議会はこのような決議をしました。
天智天皇が志賀に大津宮を奠められてから、わが大津市は、歴史的、文化的、観光的に重要なる地位を有し、麗湖琵琶の景勝と共に、京都、奈良に比肩する文化観光資源保有市であることにかんがみ、国際文化の向上を図り、世界恒久平和の理想達成に資し、文化観光資源の維持開発及び文化観光施設の充実によって、わが国の経済復興に寄与するため、将来国策たる近畿観光圏建設の一翼を担うため、大津市を国際文化観光都市として推進することを大津市議会は満場一致をもって宣言する。
右決議する。
大津で、国際的な文化と言えば、芭蕉さんでしょう。芭蕉さんの墓は世界の聖地です。

遺言の通り、義仲さんと仲良く並んで眠っています。この、お墓の下に、本当の芭蕉さんがいる!
いつも、感激?をしてしまいます。

でも、正岡子規は、こんな句を詠んでいます。
「芭蕉忌に芭蕉の像もなかりけり」
今ならば、大津には、関心も、案内も、駐車場もなかりけり、と言うところでしょうか。
国内の俳句人口は数百万人とも言われています。また、外国でも、俳句の関心は非常に高いものがあります。芭蕉の墓といえば、愛好家にとっては聖地とも言うべき場所です。そのためには、駐車場などのインフラ、芭蕉忌などソフトの充実を図る必要がありますね。
芭蕉翁坐像をまつる翁堂の天井絵はなんと、若冲の四季花卉図ですよ。今日は、修理中で見れませんでしたが・・・
2007年01月06日
琵琶湖汽船120周年!
昨年の12月23日が創業120周年、
今年の元旦が、開業120周年でした。
琵琶湖汽船のずーっと昔は、湖南汽船と言う会社でした。
明治19年、大津紺屋関~草津山田を、丸子船や小さな汽船で旅客の渡船をしていたところが集まって作ったのが、当社の創業の姿のようです。その頃の蒸気船の姿が、錦絵で残されています。

明治17年、長浜~大津間の鉄道連絡船を始めた太湖汽船も、琵琶湖汽船のご先祖さんです。ここは、当時はるかに湖南汽船より大きな会社であり、いろいろと面白い記録が残っていますが、詳しくはまたの機会に。
2007年01月05日
大津港の彫刻
でも、明日以降は冬将軍が到来とのこと。心配ですね。
今日は、大津港を少しひいたところからのご紹介です。

みなさんは、大津港に石柱が並んだこのエリアに気づかれていましたか。
これは、彫刻家・井上武吉の作品なのです。有名な人のようですよ。
私は、箱根の彫刻の森に行ったとき、そこの建物の設計をした彫刻家の作品が、大津港にあることを知りました。井上は、奈良県に生まれ、逸脱の彫刻家と呼ばれるほど、彫刻だけではなく、建築、舞台設計と多岐にわたる仕事で才能を発揮したそうです。そういえば、この大津港の広場は、ふと、野外劇場のような雰囲気を漂わせます。如何ですか。ここで、コンサートなどをすれば素敵だと思うのですが、中々、許可を得るのが難しいようで・・・

昨日、嘉田知事も、湖岸の景観保護と有効利用の話をされていましたが、大津の場合、どんどんと高い建物が建ってしまって、本当に、瀕死の状態ですね。このマンションも、住まわれる方は本当にいいでしょうけれど、浜大津からの景観は一変してしまいました。



今日の琵琶湖は本当に気持ちのいい天気です。いま、明日からの雪見船の試乗会に乗っています。雪の比良連峰と、うみの子です。












