家守綺譚

中井保

2007年01月26日 15:10

昨日今日と、本当に穏やかな日が続きます。
当社にとってはうれしいことですが、スキー場は大変でしょう。
天気商売は、本当に辛いですね。
きのうは、久しぶりに、大津港から伊吹山が望めました。



お分かりになりますか。
中央の山並みの右肩に、雪をかぶった伊吹が・・・

いま、梨木香歩さんの、家守綺譚にはまっています。
明治20年ごろの、山科を舞台に、実に幻想的な物語が繰り広げられます。
琵琶湖も登場します。
その一節です・・・

季節の移ろいなどおまえには関係なかろうに。
--それが大ありだ。昨夜大風が吹いて、湖の禊が済んだので竹生島の浅井姫命のところへ、竜田姫が秋の挨拶にいらしたのだ。そのときの行列が一部、隊を崩して乱れた。侍女が一人、行方不明だ。
 -竜田姫は湖を渡って竹生島へ行かれるのか。
 -潔ぎの終わった澄んだ大気をお渡りになる。その行列の湖水に落ちた影が鮎に宿る。
 -その隊列が崩れたのか。
 -山々の紅葉し始めたのが、川に落ちる。それが湖の真ん中に吹き寄せる、それを好物にしているモミジブナが湖の北、岩礁の奥から出てくる。今回それが竜田姫の竹生島参りとぶつかり、少々混乱を来したのだ。竜田姫は例年その挨拶の後、坂本の日吉神社に渡られ、侍女たちは鮎から猿に乗り換え、叡山を越えた後吉野を目指されていたのが、今年はその侍女一人のために竹生島に足止めをくっておられる。
 分かったような分からぬような。なぜそのために高堂が奔走しているのか。その浅井姫が客人のために気を絆んでいるのを見かねてのことか。
 -浅井姫命とは何ものか。
 -この湖水をおさめていらっしゃる姫神だ。
 -親しいのか。
私の質問に変な熱が加わつていたのか、高堂はそっぽを向いた。
 -お見かけしたことはある。が、住む世界が違う方なので親しいというわけではない。
 -そういうものか。
 -そういうものだ。
浅井姫の話はまた今度ゆっくりと聞かせてもらうことにする。
 -で、おまえはその侍女を捜しに回っているのか。
 -もうとっくに見つけている。
高堂は私を見てため息をついた。
 -竜田姫の一行は今夜月の出と共に立つ。それに問に合わなかったら後は知らぬと伝えてくれ。
そう云い置いて、階段を下りていった。
竜田姫か、と、私は思わぬ拾い物をした気分で原稿の続きを書いた。